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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)1817号 判決

原告 松尾三五郎

被告 古屋運送株式会社

主文

被告は原告に対し金十万九百円及びこれに対する昭和三〇年二月二五日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その二を被告のその一を原告の負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

被告において金三万円を担保に供するときは前項の仮執行を免れることができる。

事  実〈省略〉

理由

原告主張の日時場所において原告が乗つていたスクーターと被告会社所有の貨物自動車が衝突し、原告はこれがため道路上に転倒し、傷害をうけたこと右貨物自動車の運転者が被告会社の被用者であることは当事者間に争いがない。

よつて、右事故の発生について貨物自動車の運転者に過失があつたか否かを判断する。

証人佐藤志津夫、同柳岡成治(但し両人の証言中後述認定に反する部分を除く)の各証言ならびに原告本人尋問の結果を総合すると、佐藤志津夫は昭和二九年三月二〇日に普通自動車運転免許証をとつたこと、同人の運転する本件貨物自動車は(助手として柳岡成治同乗)ビールを目黒の日本ビール工場から新宿のニツポンビール倉庫に運搬し終り、同倉庫前に渋谷方面にむかつて駐車していたが、小滝橋にある被告会社の倉庫に帰るため、新宿方面に方向転換すべく、三〇米乃至五〇米位渋谷方面にむかつて進行してから方向指示器を出して右転して道路を横断し、更に右転して新宿方面にむかつたが、そのとき原告のスクーターは右貨物自動車の二〇乃至三五米位後方にあつて新宿方面に二〇乃至二五粁の速度で走つており、佐藤運転手は方向転換の際それを確認していたこと、貨物自動車は方向転換後人道寄りに新宿方面にむかつて時速一二、三粁で進行したこと、その前方左側の人道寄りに他の貨物自動車が停車していたこと、ところが貨物自動車の進行方向左側の路地から急に人が車道にむかつて飛び出してきたので佐藤運転手は方向指示器を出すことなく急にハンドルを右に切り、その後ブレーキをかけ前方に止つていた貨物自動車の右側すれすれに止つたこと、その際佐藤運転手は原告のスクーターが自分の車を追越そうとしていることに気付かなかつたこと、一方原告は被告会社の貨物自動車が方向転換し終り、人道寄りに徐行しているのを認めたが、その位置及び速度から推して被告会社の貨物自動車は前方に停車中の他の貨物自動車との間隔をつめるものと誤信し、これと並行して警笛をならしながら、更にその前方に出ようとしたところ、前記貨物自動車に水をかける人間を認めた、その瞬間貨物自動車が急に右に出てきたため、原告はこれを避け切れず、該自動車の右側前方に衝突したことが認められる。

これら認定事実から判断すると、佐藤運転手が右にハンドルを切つて後被告の貨物自動車が止つた位置から逆に推測すると被告の貨物自動車は前方人道寄りに駐車していた貨物自動車の後方から人道に副つて徐行前進していたもので、車道の中心寄りに右へ出るには方向指示器を出す等の方法により後方から来る車に合図をするか、或は後方から前進して来る車に注意して交通の安全を確めた上で出なければならないのに、人道上を車道に向つて走つてくる人を避けることにのみ気をとられ、後方の原告のスクーターが警笛を鳴らして接近していることに注意せず、方向指示器も出さず急に右カーブを切つて、既に被告の貨物自動車の前方に出ようとしていた原告スクーターに何等の処置を取らせる暇を与えず衝突せしめるに至つたものと認定されるから本件事故は佐藤運転手の過失に基いて惹起せられたことは明らかであり、かつ佐藤運転手が被告会社の事業の執行中に本件事故を惹起したことは被告会社の明らかに争わないところであるから、被告会社は佐藤運転手の使用者として右事故による損害を賠償すべき責任を免れ得ない。

被告は原告にもまた運転上の過失があると主張するが、原告が被告の貨物自動車の位置、スピードから前方に停車中の貨物自動車の後方に移動しているものと考えたことは止むを得ぬことであり、これを追い抜くに際しても警笛を鳴らして合図の上進んだのであるから、原告には本件事故を惹起した運転上の過失は認められない、又原告が病後間もなくスクーターを運転することが禁じられていたという事実を認めるに足る証拠もない。

そこで進んで損害額の判断に入る。原告本人尋問の結果、証人松尾キミの証言ならびに同証言によつて成立を認める甲第三号証の一、二によれば、原告は、本件事故による負傷のため、昭和二九年一〇月二一日より同年一二月二九日までの診療費二万九百円を医師に支払つたことが認められ、これは原告が、本件事故により被つた損害である。次に原告は、本件事故により四ヶ月間安静休養していたが、その間有限会社松尾工務店は月二万円宛計八万円の無駄な給料を原告に支払つたことになるから、その賠償を求めると主張するが、右は有限会社松尾工務店の損失と目すべきものであつて、原告の被つた損害でないこと、その主張自体から明らかであつて、これを採用することができない。なお、原告は、本件事故により、脳震蕩、顔部挫創、左半身打撲傷を負い、相当長い間病床にあり、その間頭部の圧迫感、不眠つづき、坐骨の疾痛等に悩まされたこと、昭和三〇年三月頃からは通常の業務に従事できる程度に回復したが、事故前に比べ頭痛勝ちで、記憶力の減退、言語の遅鈍を来すに至つたこと、原告の病臥中、同人が代表社員である松尾工務店の業務を自ら執れなかつたので、本件事故のときから昭和三〇年四月までの間知人に委嘱してこれを代行して貰わねばならなかつたこと等が原告本人尋問の結果、証人松尾昌昭、同松尾キミの各証言ならびに証人松尾キミの証言により成立の認められる甲第一、二号証により認定されるので、右事情を参酌し、原告の被つた精神的苦痛は金八万円をもつて慰藉せられるのが相当と解する。

しからば原告の被告に対する本訴請求は右に容認した金額の限度及びこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日たること本件記録上明らかな昭和三〇年二月二五日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める範囲において理由があるからこれを認容し、その余の部分は失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九二条仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 三渕嘉子)

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